VI-4.「統治と生存の社会史:ベトナム南部メコンデルタの戦争と社会主義」(平成27年度 FY2015 新規)


  • 研究代表者:下條尚志(京都大学・大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

研究概要

本研究は、20 世紀後半に戦争と社会主義を経験したベトナム南部メコンデルタにおいて、統治のあり方と人々の生存をめぐり、地域社会と政治権力の間で展開された駆け引きを考察するものである。具体的には、クメール人と華人、多数派ベト人が混住してきた一地域社会に焦点を当て、現地調査を通じて得られた住民達の語りや、地誌、新聞、統計などの文献史料を分析し、統治が地域社会に及ぼした影響と、それへの人々の対応を考察する。

研究目的

戦争激化や社会主義政策によって生存を脅かされた時、生き残りに奔走する人々の行動、たとえば、家屋での食糧隠しや闇市での商取引、寺院での徴兵逃れといった行動を支えたネットワークの強さが、統治に与えた影響を検討する。申請者は、地域社会、さらには国境を越えて拡がる家族や商業、宗教のネットワークを、政治権力は再編しようとしたが、結局は制御できなかったことが、20世紀後半のベトナム南部の戦争や社会主義建設をめぐる動乱の背景にあったと考える。動乱の背景を、メコンデルタの、特にクメール的、華人的色合いの濃い地域社会のネットワークの強さから解明しようとするのが本研究の目的である。

意義

上述の動乱について、冷戦やナショナリズム、革命という観点から分析した先行研究で看過されていたのは、徴兵や徴用といった住民の組織化を狙った動員策が生存に高いリスクを課すものであり、地域社会で忌避されてきた点である。むしろ動員を忌避して人々が行っていた徴兵逃れ、食糧隠蔽、闇取引、カンボジアへの逃亡といった行動が、20世紀の東南アジア史を考える上で極めて重要な要素である。

期待される成果

第1に、人々の行動の基盤となった広域的なネットワークのあり方を検討することで、共同体の結合が強いベトナム北部の「伝統社会」と、それが弱くなった南部の「開拓社会」という従来の二項対立的な議論を超克し、かつメコンデルタの生存保障となる社会構造を問い直すことができる。第2に、メコンデルタを、ベトナムというナショナルな範疇に限定されない、近隣の東南アジア諸国の社会と連続する世界として、捉え直すことが可能となる。


収穫された籾を運ぶボート
調査村は、世界有数の輸出米生産地として知られるベトナム・メコンデルタに位置する。

自宅で子供にクメール文字を教える村人
調査村はベトナム領であるが、人口の約8 割がクメール人。