VI-4. 「少数民族教育運動の使用テクストから読み解くミャンマー国モンの歴史認識」(平成29年度 FY2017)


  • 研究代表者:和田理寛(京都大学・東南アジア地域研究研究所)

研究概要

 今日のミャンマーでは、国の教育機関とは別に、様々な少数民族の組織が運営する民間の教育制度が存在する。そこで使用される歴史教科書には、いかなるナショナル・ヒストリーが描かれているのか。それは国の歴史認識とどのように重なり、また異なるのか。本研究は、モン民族(Mon)の教育制度を例として取り上げ、モン語で書かれた歴史教科書の読解と検討を通して、歴史認識と国民国家の関係を少数民族の側から考察する。

詳細

ミャンマーには、多数派民族であるビルマに加え、公認された集団だけで130 以上の少数民族が存在する。一方、公的な歴史教育ではビルマ王朝史が重視され、少数民族は周辺化されてきた。こうした状況のなか、それぞれの少数民族の個人や組織の手によって、自民族に焦点を置いた代替的な歴史像を構築しようという試みが見られる。本研究の目的は、モンの教育制度を例に、その制度で使用されているテクストを通して、少数民族側がいかなるナショナル・ヒストリーを描こうとしてきたのか明らかにすることである。

現在、民間のモン教育制度には、影響力の大きなものが2 つ存在する。1 つが、反政府武装勢力の傘下にある「モン民族学校」である。各地域にて全日制の小中高校を運営し、約1 万3,000 人の学生が在籍する。この制度では、ビルマ語とモン語のバイリンガル教育を採用し、また1990 年代後半頃からは国の高等教育機関にも進学を公認されるという特例的な扱いを受けてきた。そのため、民族問題解決のための共生モデルとして学界でも注目されている。もう1 つは、仏教僧が牽引する「夏期講習」である。普段は政府学校に通う学生を対象とする点では、この講習もまた共存モデルである。現在は、年間5~6 万人の受講生の参加する裾野の広い活動として展開し、各郡や全国の統一試験によって制度化されている。

以上2 種のモン教育制度では、ともに歴史教育が重視されている。ただし、その歴史教科書はモン語で書かれていることもあり、先行研究はその具体的な内容について詳しく論じて来なかった。本研究は、ネイティブの協力の下、この2 つの制度における歴史教科書を検討し、現在モンの間で標準化され広く共有されている民族史観の内容を明らかにする。その上で、国家のビルマ中心的な歴史認識や、1950 年代に発行された政府公認のモン語テクスト(その一部は東南アジア地域研究研究所図書室に所蔵)との比較検討を行う。以上の試みを通して、ミャンマーでは多数派ビルマを中心とした歴史観が浸透するなかで、政府によって個別に容認されてきた少数民族主体の歴史とは一体どのような民族史なのか、その具体的な内容を明らかにし、当国における国家、民族、歴史認識の3 者関係について新たな知見を提供する。

 


New Mon Reader(第3 巻)より。1958 年出版。当時の政府公認モン語テクスト。現地調査で入手できなかった第3 巻と第4 巻が、東南研の石井米雄コレクションのなかから見つかった。

モン民族学校の授業風景(2013 年)。同様の小学校は120 校以上あり、公用語(ビルマ)と少数言語(モン)のバイリンガル教育を行っている。モン武装勢力の影響下にあるが、停戦後は政府から特例的な公認を受ける。