IV-3. 「イスラーム受容体としての東南アジア──上座部仏教社会におけるムスリム共生の歴史学的・人類学的研究」(令和1-2年度 FY2019-2020 継続)


  • 研究代表者:池田一人(大阪大学・大学院言語文化研究科)
  • 共同研究者:村上忠良(大阪大学・大学院言語文化研究科)
  • 山根 聡(大阪大学・大学院言語文化研究科)
  • 菅原由美(大阪大学・大学院言語文化研究科)
  • 黒田景子(鹿児島大学・総合科学域総合教育学系)
  • 小林 知(京都大学・東南アジア地域研究研究所)
  • 王 柳蘭(同志社大学・グローバル地域文化学部)
  • 吉本康子(京都大学・大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

研究概要

東南アジアのイスラームが問題化しているという。だが、少々現地を歩き歴史を繙けば、大陸部の上座部仏教社会でムスリムはごく普通の存在だとすぐに得心できる。これは端的に言って、西方をインド亜大陸、北方を中国雲南世界、南方はマレー世界というイスラーム世界に接して古来通交してきた大陸部東南アジアの地理的歴史的事情による。現代で局所的に問題化し、「仏教とイスラームは水と油のごとし」という本質主義的言説が容易に力を得て対立・紛争状態がいともたやすく歴史化されるのは、これを相対化する学術的認識が確立していないことを端的に示している。本研究は、このような状況を打破するため、上座部仏教社会における仏教徒=ムスリム関係の歴史的・社会的関係の全体像を提示することを目指す。

詳細

16 世紀ごろに上座部仏教社会として確立した東南アジア大陸部には、周囲三方のイスラーム世界から絶えずムスリムが往来し、その一隅に定着し社会統合されてきた。現代では宗教対立ばかりが注目されるものの草の根では依然として受容と共存が日常であり、この点で上座部仏教社会は「イスラーム受容体」と定義されてしかるべきである。本研究は、数世紀スパンの歴史的視野と接触・受容・拒否のミクロな社会関係を解明する視点を組み合わせて諸事例を検討する比較研究プロジェクトであり、在地の仏教社会と来住するムスリム間の歴史的社会的関係の全体像と、共存と統合、対立と排除の生態的・政治的・経済的等の諸条件を明らかにすることを研究目的とする。

本研究の意義は、東南アジア大陸部の上座部仏教社会におけるイスラームの歴史的・社会的位置付けについての標準的理解の確立という点にある。つまり、第一に、当地における仏教徒=ムスリム関係の歴史的見取り図が提供される。これには「イスラーム」と「仏教」なる相互認知とカテゴリーの成立過程についての理解も含まれるだろう。第二に、従来マスメディアによる対決・衝突イメージが先行し、紛争事例をもとに標準化されがちであった上座部仏教社会における仏教=イスラーム関係について、現下の共生が卓越する日常的現実が再評価され、共生と紛争化のメカニズムが示される。

本研究プロジェクトの2年目の本年度は、さいわいにも科研基盤(B)の枠に「東南アジア大陸部におけるイスラーム受容と社会関係の歴史像構築のための基盤研究」(20H01325)として採用された。よって、1)東南アジア大陸部における両者関係についての基本情報・文献の収集整備、2)その歴史的社会的関係に関する基本的仮説の構築、の2点の課題(同時に科研の 3 課題の最初の 2 点を構成する)について、本研究プロジェクトで得られる交付金を使用して本年度中に取りまとめることを目標とする。

 


マレーシアのクダーの仏教寺院内のダトクラマット像:ムスリムの姿をしているが融合型民間信仰

ベトナム、チャム・バニのタレッ儀礼(ラムワン明けの儀礼)