VI-4.「ヴァナキュラーな公共性の確立に向けた試論──フィリピン社会関係論を始点として」(令和3年度 FY2021 新規)


  • 研究代表者:西尾善太(京都大学・東南アジア地域研究研究所)

研究概要

本研究は、人々の流動性と生の不安定化が深刻化する社会的状況において、フィリピン社会関係論の蓄積を紐解き、ヴァナキュラーな公共性へと転じる条件を検討しその確立を試みる。本研究は、先行研究の共同体の説明として用いられてきた社会関係を網羅的に整理し批判を加えながら検討することで、現代社会の公共性を考察するために鍛えなおす。社会の公共性を捉えるために、西欧社会でつくられた公共性を引用するのではなく、フィリピン社会に内在するイディオムや社会関係からヴァナキュラーな公共性概念の立ち上げを行う。

詳細

本研究では、西欧の公共性概念をフィリピンに当てはめるのではなく、フィリピンの公共性を稼働させる社会関係がいかなる形態であり、都市においていかに変容してきたのかを明らかにする。なぜなら西洋をモデルとする「市民社会」や「公共性」をはぐくむべきだ、という議論はいまだに根強いからだ。このモデルを引用して対象社会を西欧の視点から欠如/欠損として否定したりする、あるいは反対にヴァナキュラーな共同性に固執して公共性の存在を否定する先行研究も多い。本研究では、農村共同体的な社会関係のあり方が人々の移動とともに都市へと持ち込まれ変容を遂げながらヴァナキュラーな公共性を生み出してきたと位置づける。

社会を理解するための手立てとして用いられる関係性や価値の議論は、現代フィリピン社会を理解する手立てとして現在まで批判を加えられながらも引用され続けてきた。これらの先行研究は、その時代性を反映し、多くが農村や先住民社会を事例に概念を産出してきた。特定の集団から抽出された理論/概念は、引用の過程でフィリピン全体を理解する知識となる。だが、世界有数の移民送り出し国となったフィリピンを理解するためには、これらの先行研究に再び批判的検討を加え、同じ語彙を同じ概念として用いて良いのかを明らかにする必要がある。

本研究の成果は、フィリピンの事例から政治的連帯や社会運動の基盤となる公共性を捉え、それによって新自由主義の浸透に伴う社会変容を経験するグローバルサウスの公共性論に寄与することが期待される。

 


ジープニー(ミニバス)のドライバーによるストライキの様子。ヴァナキュラーな公共性が示される一事例。

フィリピン・フリー・プレス紙のバックナンバー。フィリピン研究において社会的な出来事をコンテクストに位置付ける際に多く参照されている。東南アジア地域研究研究所図書室の所蔵。