VI-2.「東南アジア大陸部におけるタイ系民族の「国の柱」祭祀と習合現象に関する民族誌的研究」(令和1年度 FY2019 新規)


  • 研究代表者:黄 潔(京都大学・大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

研究概要

本研究は、タイ国における土地神信仰に関する民族誌的研究である。東南アジア大陸部のタイ系民族のラック・ムアン(国の柱)祭祀という民間信仰は、彼らの伝統的政治権力を構築するための要素であると見なされてきた。しかし実際には、タイ仏教の文脈にあるラック・ムアン信仰は、インド系・中国系・土着民間信仰系などと習合し同一視される現象が多くみられる。本研究では、日本民俗学の宗教論を参考に、タイの宗教現象に応用することによってこの状況を把握する。

詳細

本研究の目的は、東南アジアの国の柱(lak muang)の習合現象や再構築の状況を新たな視点から捉え直すことである。先行研究では、国の柱と関わった政治権力の構造について論じられてきた。特に、黒タイやシャンの事例をもとに、村の柱が領主の権力の象徴と村落守護霊という二重性の特徴があることが指摘される[森1989;1991;1992,村上1997]。また、ムアンの精霊祭祀において表現される移民の「歴史」に対する意識を検討したもの[馬場1999]、ムアンの神への信仰が、他者との対立を打破し、多文化が共存する日常の実践について論じたもの[長谷2004]もあった。しかし、タイ宗教の複雑性を表すラック・ムアン祭祀の習合現象についての研究は、未だ十分行われていない。

そこで、本研究では、タイ国の事例から、東南アジア大陸部におけるタイ系民族の土地神信仰を再検討する。具体的には、タイ各地で伝承されるラック・ムアン祭祀と習合現象をめぐって、文献調査とフィールド調査を行い、タイ国におけるラック・ムアン廟と祭祀はどのような現況にあるのか、ラック・ムアン崇拝がタイの政治・宗教・歴史・文化などの文脈のなかにおいてどのように位置づけられてきたのか、について明らかにする。

本研究は、調査により得られる資料と新データを踏まえ、タイ宗教論や精霊祭祀に関する研究を推進する。また、ポリティクスの文脈で分析してきた従来の研究に、新たに日本民俗学の知見をとりこみながら発展させる計画をもっている。もちろん日本の特殊事情が、東南アジアに当てはまるわけではないが、両者の異同を考察することで、日本発の東南アジア宗教論モデル構築の可能性と課題が見えてくるだろう。

参考文献
長谷千代子.2004.「他者とともに空間をひらく:雲南省芒市の関公廟をめぐる徳宏タイ族の実践」『社会人類学年報』30:63–87.
馬場雄司.1993.「タイ・ルー族の移住と守護霊儀礼」『社会人類学年報』19:133–147.
村上忠良.1997.「タイ・ヤイ(シャン)村落における『守護霊』と『村の柱』の二重性──タイ・ヤイ(シャン)宗教研究のための予備的考察」『族』29:2–25.
森 幹男.1989;1991;1992.「タイ系諸族の「クニの柱」祭祀をめぐって:タイ系文化理解の一視角(1)(2)(3)」『アジア・アフリカ言語文化研究』38: 91–109. 41: 125–136. 43: 123–147.

 


「曼谷城隍神廟」と言われるバンコク市柱城廟で柱の象徴物の周りに3 色の布地を結びつける人々

バンコクの中華街に位置する「ラック・ムアン」と言われる潮州系の城隍廟